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よるのようちえん

よるのようちえん (日本傑作絵本シリーズ)

買ったきっかけ:
タイトル

感想:
闇、ようちえん、よるのいきもの。


にぎやかさにあふれた日常の空間がふっと静まり返った時おそわれる
無音の波の如き感覚は
誰もが経験済みの、一種異様な言い知れぬ世界です。

耳がキーンと痛むほど張り詰めた静けさに気配を探す。
見えない気配は確かにそこに生きていて、
いつか出合える期待すら抱く。

そんな気配の記憶を思い出す、詩的絵本です。


おすすめポイント:
「のぞく」と同じく、写真とイラストを合わせた絵本。

おどけた遊具にプール、きちんとならんだ園児のスモック…無邪気さにあふれた日常のひとコマが
モノクロの荒い写真加工により一転おどろおどろしき闇に。
その墨色に原色も鮮やかな夜の生き物たちが見え隠れするという手法が面白い。

よるのようちえん (日本傑作絵本シリーズ)

著者:谷川 俊太郎

よるのようちえん (日本傑作絵本シリーズ)

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コメント

はじめまして。

古澤先生、こんにちは。

先生の作品を拝見させて頂きました。

先生の作品には、表現に迫力があり、色も豊かだと感じております。

一つ、先生にお伺い致したいのですが、先生にとって「芸術」とは、もしくは、「芸術に対する一本の軸になる様な考え」とは、どのようなものでありましょうか。
ご教示頂ければ幸いです。

先生のご発展、ご活躍を祈念いたします。

投稿: 安倍 | 2010-04-18 09:36

コメントありがとうございます。
まず「先生」はよしてください…誰の事かと思います!

早速ですが
今私が提供したいのは、むしろ娯楽です。

自分が芸術に携わる上で軸としているものとは、というご質問に答えるとするならば
色々そぎ落とした結果、
「思考を分析し記録するという内面的作業を目に見える形で表現すること」という大変シンプルなものだと感じます。

が、今制作においてはやはり、対話を欲しているような気がします。
よって今表現として関心があるのは、「芸術」というよりむしろ「娯楽」の方に近いのではないかというわけです。
最近では特に色彩を扱いたい。


返答になったか知れませんが
また何かあれば
どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: Mika Furusawa | 2010-04-21 02:29

こんにちは。

え~と、Mikaさんでよろしいでしょうか。
ダメでしたら、訂正いたします。
前回、ご迷惑をおかけいたしました様で、大変、申し訳ありませんでした。まずは、この場にて、謝罪させていただきます。
あと、回答をいただき誠にありがとうございました。


「娯楽」ですか…。なるほど、「芸術」と言っても、その中の領域はかなり広いんですね。
Mikaさんのお話になる「娯楽」というのは、「相手を楽しませる。または、子供たちを楽しませる」という解釈でよろしいのですよね。
私が「娯楽」と聞くと「遊技場とか、どこぞの競馬場」が出てきてしまうイメージの乏しい者であります。


せっかく回答を頂けましたので、少しだけ、常に観るだけの側の私の話を聞いていただけたら、幸いです。
私は「芸術」とは
「愛、希望、夢、光」もしくは
「美、永遠」そしてそれらを総称して
「存在の愛」と言えるのではないかと思います。
そして、「軸」または、柱となりえるものは、Mikaさんのようなプロフェッショナルなクリエーターだと思っております。

そう、「存在の愛」とは、Mikaさんそのものではないでしょうか。


少し、長々となってしまって、ごめんなさい。
本来ならば、紹介された絵本の話をしなければいけないのですが、Mikaさんとお話がしたく、話し込んでしまいました。

Mikaさんの「娯楽」、色彩ARTで私たちを驚かせて下さい。

では、また。

ありがとうございました。

投稿: 安倍 | 2010-04-22 22:49

いえ、迷惑でもないし謝罪なんていりませんよ…決まりが悪かっただけの発言です、気にしないで下さい。

色々考えていらっしゃるのですね
安倍さんの目は極めて宇宙的、日々壮観な光景が映っていることと思います。素晴らしいことです。

日常に沿う「本」を扱うにあたり私の目には、
常に日常をいかに形にするかしか映りません。
娯楽とはおっしゃる通りの解釈です。

捉え方は色々あると思いますが、何より楽しんでいただけたら幸いです。
制作ペースはゆっくりですが、どうぞこれからも見守っていただければ嬉しいです。


投稿: Mika Furusawa | 2010-04-23 02:58

日々の創作活動、お疲れさまです。

宇宙…ステキな言葉ですね。
私は、神秘思想に憧れておりますので、とても大好きです。
宇宙は、無限に拡がっていると言われておりますけれども、でも、どうでしょうか。私は、逆に宇宙は無限に見えて、実は有限ではないのかと思うのです。
我々が住んでいる、この宇宙は、水泡…すなわち、例えるならば、「宇宙」という名の水槽の中で生かされているのではないか、と思うのです。


「宇宙」というと、ある女学生のことを思い出します。私の故郷の頃の話になってしまうのですが、その方は、当時の学園で音楽部に在籍しておりました。無論、首席で、リーダーであり、皆のあこがれの的でした。お恥ずかしい事ですが、私も、その方を注目していた一人であります。
当時、その学園の音楽部は有名で、コンクールがあるとよく入賞していました。

今思うと、彼女には、その時から、もうすでに「宇宙」があったのだろうと思います。
彼女の音楽には、「宇宙という名の舞台から、愛という名の音符を、真珠のように煌めく七色の虹に乗せ、あなたたちに分け与えよう」
そのように、奏でていたような感じがいたします。当時の私は、それを真正面から、または振り向いて受け取ってあげることができませんでした。
そういえば、その学園では「銀河」というテーマというか、イメージというか、その様なものを掲げていましたね。
その後、卒業してから、当時の故郷の仲間内(有志)で「同期会」をやり、新しく名簿を作り直し、なにかやろうと企画して、その方に案内状を差し出させていただいたのですけれども、残念ながら転居なさったそうで、届けることができませんでした。
当時の故郷の仲間たちは
「俺たちのヒロインがいないんじゃ、物語がはじまらねえじゃねえか!」と悔しがっていました。
私も、少々無念さを感じました。そのときは、あのステキな娘に「再び、会える」と楽しみにしていました。

私には、故郷にいた時代、そのような「宇宙」を達観した「存在の愛」がおりました。

あと一人

「西新井大師」に祀られている空海という方がいらっしゃいますが、この方も「宇宙」を見ていた様です。
彼の思想というか、悟りには「宇宙即我」というものがあります。
これは、「己の認識力を宇宙大にまで拡げる」ということらしいです。

やはり、才覚ある方というのは、何かしらの「宇宙」を感じ取ったり、認識したりするものなのですね。


今回も、絵本の話から、だいぶ外れてしまってごめんなさいね。

寒暖が厳しいです。
健康に気をつけて。

投稿: 安倍 | 2010-04-23 21:48

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