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青空個展 しぶや手作り市

青空個展 しぶや手作り市に出店します。

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3月20日土曜日
9:00~16:00
代々木八幡宮 
小田急・千代田線 代々木八幡宮駅下車
http://www.aozorakoten.com/index.php

カタコト参道にてポストカード12種類を販売します。

天然酵母パンや焼き菓子、手作りソープや雑貨類・・・
およそ120店舗出店のイベントです。

名の如く予報も青空、散歩にどうぞ。

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どうぶつ

どうぶつ (ブライアン・ワイルドスミス作品選)

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買ったきっかけ:
古本屋にて
朽ちかけた本をつまみだすとそれだった

感想:
創作的で写実的。
主役が誰だか一目了然の大胆な構図は、
あまりの迫力に見入ってしまう。

久しぶりに絵をなめまわして見た「絵本」らしい絵本。

おすすめポイント:
シンプル。

どうぶつ (ブライアン・ワイルドスミス作品選)

著者:ブライアン・ワイルドスミス

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アクチュアルプルーフ下北沢

http://www.actual-proof.com/

現在商品取り扱い中です。

ご自身も写真を撮られる店長の石田さん。

音楽の世界から写真の世界へと転身なさったそうで
CDが買える店はたくさんあるのに、写真を買う店がないことに疑問を持ったのがきっかけだそう。
作品のクオリティーやメッセージをキープしながらも手に取りやすい販売を目指す為
「お客様になじみのある書店やCDショップの様に作品を販売する」
をコンセプトにお店を始めました。
ポストカードは1枚150円の世界。
その専門店をやろうというのだからかなりの心意気です。

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店内はさながらCDショップ。

「よいポストカードが売れるとは限らない。その時時のお客さんの気持ちとリンクした作品が売れる」

それならばどうすべきか?

石田さんは月刊・週刊売れ筋ランキングなるコーナーを設置したり
シーズンごとにポストカードをセレクトしておすすめしたり
イベントを催し新しい世界を提案したりと
ポストカード販売としては斬新なアイデアを次々に展開させてゆきます。

「今はなにがやっているかな、ちょっと寄って行こう」

そんな探究心をくすぐるお店です。

作品にははっきり言って興味はない
作品よりもむしろその作品を生み出す人間自体に興味がある、という石田さん。
面白いやつはずっと面白い作品を作り続けるからと
きっぱり言い切ります。
又、その人間が理解できればどんな作品も好きになれる、とのお話からも
いかに常日頃から感覚をニュートラルにして
あらゆる方面にアンテナを張り想いを巡らしていらっしゃるかがうかがえます。

作品を扱うにあたり、作家と1年以上もやりとりを続けたこともあるとか。

そんな作家の想いが伝わらないのは悲しいと
作家のメッセージと社会をリンクさせるための橋渡しをすべく
日々奔走していらっしゃいます。

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BORO展

BORO展

浅草 アミューズミュージアム
http://www.amusemuseum.com/index.html

民俗学者・田中忠三郎による青森の山村、農村、漁村で使われてきた“ぼろ”と呼ばれる衣服や布類のコレクション。

人の一生はおろか、二代、三代、時には四代にわたって、繕い継ぎ充てを繰り返された布たち。
素材感、色彩、デザインの美しさから今、
アート・テキスタイルデザインの分野で高く評価され、多方欧米のコレクターから買い求められているらしい。
どこかアール・ブリュット的な着目のされ方と似た感覚を覚える。
しかし時にしろ物体にしろ集積の持つ魅力は
何も今初めて語られるものでもない。

すべての仕事に意味がある。
その一層一層に
綺麗ごとではない厳しい生の営みが寄り添っている。
ものがなく貧しく、汚らしくみすぼらしかった。
それで人々はみな
純粋で清涼でやさしかった。

この展示が真に語るのは用の美ではなく
むしろそこに潜む人々の
何代にもわたって継がれてきた営みのやさしさだと訴えているようだった。

Mononiha_coverカタログとともに田中忠三郎の一生を綴った書籍

「物には心がある」田中忠三郎/アミューズエディテイメント 

を購入した。
物についてのエッセイというより
民族学者としての観点で書かれたぬくもりのある本だ。

例えば青森の冬は厳しい。
来客があるとまず「あだれ、あだれ」と囲炉裏にあたらせ汁物を与える。
暖をとらせ落ち着くと「で、どこぞの誰か?」「何の用事か?」と聞き出すのが普通だった話。

夜はドンジャ(ボロを重ねた厚厚の夜着)1枚に
家族全員が裸になってひっつきあい温めあって眠った事
ゆえに日中諍いがあっても夜は許しあったのだという話

またこんな話。
娘が妊娠する。父親は誰だと問われる。
それが妻子ある男などとの間違いによる場合、娘は当然答えない。
すると娘の父親は
「相手もいないのに娘の腹が大きくなるわけがねえ、これは根精様の仕業だな」と男性シンボルがまつられた祠へでかけ
「今度娘にいたずらしたらただじゃおかねえぞ」
とシンボル様に縄をかけて締め上げ懲らしめ、一件落着となる話。
娘が決定的に傷つかないよう逃げ場をあたえるのだそうだ。
それで生まれた子供は自分の末の子として育て、娘は普通に嫁にやる。周囲も知っててあえて言いたてない。

田中忠三郎はこう言っている。
人は弱い存在だ。
してはいけないとわかっていても、フラフラとやってしまう。
その愚かさを昔の人は
愚かなまでのやさしさで許してやるのだと。

現代にそのまま移行できるものでもないが
比べれば色々余裕がない。

甘やかしでないやさしさ、相手を思いやることについて考えた一日だった。

なお、ボロ展は常設展。

展示物はすべて触れます。
明らかに固くて重そうなボロたちに触れると
驚くほどやわらかで暖かく
あたたかな空気が一層包みこまれているかのよう。

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